ホイホイ作戦ではキリがない。それを私が悟ったのは、ホイホイの中のゴキ絨毯を乗り越えて別のゴキが中央の餌をむさぼっているのを見た瞬間であった。「俺の屍を超えていけ!」ではないが、ゴキブリの人海戦術、いや虫海戦術の前にホイホイは無効であった。ただ、ゴキに餌を提供しているだけではないかこれでは!!!
では他の手段はどうであろう。
ホウ酸団子→魚の水槽にゴキが落ちたら一大事=×
バルサン→水槽に悪影響=×
生物兵器→アロワナがそいつを見つけたらジャンプするので×
選択肢がなくなっていく。
だが我々は逆転の発想を以って毒を制すことを考えた。
ゴキブリを魚の餌にすればいいのである。幸いにして昆虫を好むアロワナの専門店ときた。もちろんゴキブリの危険性を我々は熟知していたが、コストパフォーマンス、一石二鳥っぷりとリスクを天秤にかけた結果、この作戦が採用された。
となれば早速トラップ作りである。トラップは簡単である。大きめのコップの中に魚の餌を入れる。そしてコップの内側にマーガリンを塗っておけばいい。マーガリンやバターに触れるとゴキブリはなぜか落ちてしまうのだ。こうして、生きたゴキブリを捕らえる算段が整った。
さてここで問題である。普通熱帯魚屋にはデカいコップなどない。では、そのコップはどこから調達するか。この難問を我が店長はあっさりと解決してくれた。
その日から店長は隣の中華屋に出前を頼みはじめた。この中華屋の店長もこのアロワナ屋の常連であり、顔なじみである。中華屋の店長の名前はセイジと言う。通称セイちゃんである。
「セイちゃん、A定食二つと中生2つね」この調子で店長は毎日出前を頼んだ。中学生の私にまでビールを飲ませ、もちろんジョッキは返さない。さすがヤクザである。セイちゃんに何か言われても、「あ~後で返すよ。」の一点張りである。
言うまでもないことだが、ジョッキはセイちゃんが返却の催促をしてきた時には既にゴキトラップに化けており、とても見せられる状態ではなかった。何はともあれ、ジョッキを合計10本くらいパクってトラップにし、それをあちこちに配置した。
結果は良好である。1つのジョッキにつき毎日3~5匹は入っている。興味深いのは設置する場所によって取れる種類が違うということである。天井近い場所ではチャバネが多く、湿度の高い水槽の濾過槽ではクロゴキの幼虫が多く、温度が少し低い水槽のない場所ではクロゴキの成体が多かった。ワモンは特に法則もないが、高い場所ではあまりとれなかった。
これらをアロワナに与えるために、私が長いピンセットを使ってこいつらをつまみ、水槽に投げ込むのだが、どうもピンセットが滑る。最初のうちはそのまま与えていたが、だんだんと飽きてきたのと、滑り落ちて逃げてしまうことが多々あったため、ピンセットでゴキブリを串刺しにしてから放り込むという技を開発した。
更に、アロワナがゴキブリを食べた後、羽だけ吐き出すことがよくあったので、羽のある成虫は羽をむしってから与えることにした。たまに羽と一緒に内臓が引きずり出されたりしておつゆが飛び散ったり。私は最初こそ嫌悪感で一杯であったが、そのうちこのゴキブリの虐殺を楽しむようになっていた。戦争とはかくも恐ろしいものである。人間を狂気に駆り立ててしまうのだ。
次第に私はゴキブリのどこをどう刺せばどのような神経が切断されて、どのような動きになるのかまで覚えてしまった。例えば半身不随にして永遠に回転し続けるゴキブリを作るなどといったことは造作もなかった。実験的に触覚を切って放ってみたり、頭を切り取ってみたり、腹を押しつぶして中身を搾り取るなどといったことまでやった。ナチスもびっくりである。
結果として我々とゴキブリの戦争は我々の一方的な虐殺が繰り返されるという結末に至った。さすがに毎日ゴキブリを取り続けていると、数も減ってくる。最後のほうは1日合計3匹取れるかどうかといった具合であった。我々は圧倒的勝利を収めたのである。これほどの劇的な勝利は歴史上稀であったろう。とにかく、我々は勝ったのだ。人間ばんざい!
ある日私がトラップの掃除をしていると、中華屋のセイちゃんが店にやってきた。
「社長さ~。それ、うちのだよね・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
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